第35回 日本製鉄音楽賞受賞者インタビュー
フレッシュアーティスト賞を受賞した上野通明さんにお話をうかがいました。
邦人作曲家の無伴奏リサイタルに挑戦。
立ち止まらず、自分を進化させていきたい。

上野 通明さん
- プロフィール
上野通明(うえの・みちあき)1995 年パラグアイ生まれ。幼少期をスペイン・バルセロナで過ごす。13 歳のとき、第6 回若い音楽家のためのチャイコフスキー国際コンクールで全部門を通じて日本人初優勝。また、第6 回ルーマニア国際音楽コンクール最年少第1 位、ルーマニア大使館賞、ルーマニア・ラジオ文化局賞をあわせて受賞。2021 年にはジュネーヴ国際音楽コンクール・チェロ部門で日本人初の優勝を果たす。これまでソリストとしてワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団、スイス・ロマンド管弦楽団、ロシア交響楽団、KBS 交響楽団、NHK 交響楽団、読売日本交響楽団など国内外のオーケストラと数多く共演している。ミッシャ・マイスキー、マルタ・アルゲリッチ、オーギュスタン・デュメイ、ジャン=ギアン・ケラス、ホセ・ガヤルドら著名なアーティストと共演して好評を博している。2022 年『J.S. バッハ:無伴奏チェロ組曲(全曲)』をリリースし、レコード芸術誌の特選盤に選出された。2024 年5 月には邦人作曲家の無伴奏作品のみのリサイタルを開催。大きな反響を呼んだ。現在は主にヨーロッパとアジアで活発な演奏活動を行っている。
ヨーヨー・マの演奏に衝撃
- ─このたびは受賞おめでとうございます。チェロを始めたきっかけをお聞かせください。
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母がピアノ、姉が2人いてそれぞれピアノとヴァイオリンを弾いていたので、音楽に囲まれた環境で育ちました。4歳のときに世界的チェリストのヨーヨー・マさんの映像を観て、演奏する姿や音色に衝撃を受けました。すぐに親にチェロを買ってほしいとお願いしたのですが、子どもの気まぐれだろうと最初は取り合ってもらえませんでした。それでもその後もずっとねだり続けて、5歳のときにやっと買ってもらえました。
実はこれにはエピソードがあって、チェロを買ってもらえたのはたまたま父の宝くじが当たったことがきっかけなんです。そのくじを売り場で選んだのが僕だったので、買ってもらえました(笑)。
- ─初めてチェロを鳴らしたときの感想はいかがでしたでしょうか。
楽器の振動が体全体に響いて感動しました。チェロは中低音の深みが魅力の一つで、人の声に最も近い楽器だと言われています。もちろん子どものころはそんなことは考えていませんでしたが、よく三大テノールのビデオも観ていたので、そういう音の深みに惹かれたのかもしれません。
- ─パラグアイで生まれ、スペインで幼少期を過ごされています。どんな子ども時代でしたか。
記憶に残っているのが、周りの大人たちからよく「いっぱい遊んでる?」と声をかけられたことです。子どもは遊ぶことで感性が豊かになり、人間的に成長できるからそう言ってくれていたのかもしれません。そういう大人のアドバイスをしっかり聞いてたくさん遊んでいました(笑)。
自分の演奏を届ける場として
- ─さまざまな国際コンクールに出場して入賞されています。上野さんにとってコンクールはどういう存在でしょうか。
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もちろん自分の演奏を音楽のプロフェッショナルに評価してもらう場ではあるのですが、僕の場合はそれ以上に、世界中の人に演奏を聴いてもらえる場だと考えています。最近のコンクールはストリーミング配信をしていてどこでも聴くことができます。順位などの結果より、自分が納得できる演奏ができ、それを皆さんに聴いてもらえれば満足です。
あとは同じ楽器を弾いている仲間と出会って刺激をもらえることもコンクールの魅力です。
- ─受賞理由でもあります邦人作曲家作品の無伴奏チェロリサイタルを昨年開かれています。
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ふだんはドイツで暮らしているのですが、留学生活や海外での演奏活動のなかで出会った人たちが自分以上に日本文化を知っていて驚くことがあります。日本らしさとは何か、一度日本についてあらためて見つめ直したいと思ったことがきっかけです。
リサイタルで演奏したのは黛敏郎や武満徹など20世紀の戦後の作曲家の作品で、東洋人として自然に感じられる侘び寂びを、西洋音楽にどう取り入れ、表現するか。日本人、西洋人どちらの感覚も自分なりに理解できるかもしれないと思いました。
無伴奏のなか、響く音は素晴らしく、特別な瞬間をいくつも感じました。邦人作品のリサイタルは今年もドイツなどでも開催する予定です。
ポジティブな気持ちになれる日本製鉄紀尾井ホール
- ─今年の夏に日本製鉄紀尾井ホールで受賞記念コンサートを予定しています。ホールの印象をお聞かせください。
実は実家が東京の四谷にあって、日本製鉄紀尾井ホールの近所なんです。だからずっと身近な存在でした。演奏家としても大好きなホールで、音の響きに温かみがあるし、繊細さもあります。何より雰囲気が良くて、今日はうまく弾けそうだというポジティブな気持ちになれます。ジュネーヴ国際音楽コンクールの凱旋コンサートでも行った思い出深いホールです。
- ─最後にこれからの抱負をお聞かせください。
世界中の人に自分の演奏を聴いてもらうことが夢です。たくさんの演奏家や作曲家と交流し、日本のことももっと知りたい。音楽家として自分のベストを尽くし、研究し、掘り下げ、伝えていく。自分を豊かにするインプットを続け、どんどん新しいことにチャレンジし、立ち止まらずに自分を進化させていきたいです。
(このインタビューは、2月26日に行われました)

5歳当時



2021年、ジュネーヴ国際音楽コンクール・チェロ部門優勝


今年の5月にスイス・ロマンド管弦楽団と共演


サントリーホールにて邦人作曲家作品の無伴奏チェロリサイタルを公演