新しい温度計測・制御技術による高張力(ハイテン)の熱延鋼板製造技術の確立について
― 自動車向け鋼板製造における高品質と高効率の両立の実現 ―

2009/10/13

  • 住友金属工業株式会社

当社は、熱間圧延(熱延)プロセス(*1) 中の冷却帯における新しい温度計測技術と、それを利用した制御技術を開発・実用化し、高張力(ハイテン)の熱延鋼板(*2) を高い品質で安定して製造することを可能にしました。

熱延高張力鋼板の品質と特性は、圧延直後の冷却過程の温度管理に大きく影響されます。温度管理の前提は正確な温度計測です。熱延鋼板の冷却過程では、鋼板の周囲に冷却水が多量に存在し、計測環境として極めて厳しく、従来方法では高い精度を得ることが難しいという問題がありました。今回、当社は、新たな発想に基づき、冷却中の鋼板温度を正確に計測する技術を開発し、それを用いて鋼板冷却の温度制御精度を大きく向上させました。その結果、高張力鋼板における巻取温度の許容誤差からの逸脱が半減し、品質の安定した高張力熱延鋼板の製造が可能となりました。

近年、高張力鋼板の需要は、 CO2 削減を目的とした自動車の軽量化を背景に増加しています。当社鹿島製鉄所は、単一の熱延ミルで約500万トンという世界最大クラスの規模を持ち、生産高の約60%が自動車向け鋼板です。このように大規模な自動車向け鋼板の製造を行う当社にとって、高効率と高品質の両立は必須であり、本技術は、この両立に欠かせない画期的な技術と言えます。本技術は2007年に開発完了し、2008年より実用化されています。

1.熱延鋼板の巻取温度における従来の問題点

従来、熱延における仕上圧延後、ホットランテーブル(図1参照)上にある鋼板の温度は、圧延直後(図1 FT)、中間(2つの冷却帯の間、図1 IT)、巻取温度(冷却終了時の温度、図1 CT)と、3カ所で放射温度計(*3) を使用して計測され、それを使って冷却制御が行われていました。


図1 ホットランテーブルでの従来温度測定

圧延直後の計測温度(FT)と中間での計測温度(IT)と伝熱理論による数式モデル(伝熱モデル)を用いて冷却終了までの鋼板温度を予測し、目標温度に合致する冷却水のノズル開閉パターンを設定します。このため巻取温度の制御精度は、鋼板温度予測の精度に依存しています。
一般に、鋼板を水で冷却する際には、表面温度が550℃以下となると鋼板表面の僅かな変化や鋼の成分など、種々の細かい要因に影響され、突然急激な冷却(遷移沸騰(*4) 条件)が起こるため、温度制御が極めて難しくなるという問題があります。一方で、高張力鋼板は巻取温度により鋼板の特性が大きく変化するため、許容誤差が一般的な鋼板より小さく(狭く)設定されており、巻取温度制御の高精度化が求められます。 高張力鋼板では特性を得るために、比較的低い温度(550℃以下)で巻き取るため、従来の方法では温度制御精度が不十分で、巻取温度が許容誤差を外れ、鋼板特性上の不良が発生するという問題がありました。

2.従来の温度計測方法と冷却帯での温度計測上の問題点

熱延ラインのホットランテーブルでの温度計測には、放射温度計が用いられます。しかし、冷却帯では大量の冷却水が鋼板上下面に設置したノズルより噴出しており、通常の放射温度計では、計測のもとになる熱放射光が水によって大きく吸収されるため、正確な温度の測定は不可能でした。そこで、温度計を冷却帯の外側の冷却水が直接かかりにくい所に設置し、空気の噴流(ジェット)で温度計の視野の前にある水滴などを吹き飛ばした上で計測していました。計測対象と温度計との間にある水で大きな計測誤差が生じたり、場合によっては計測不能となったりすることを防ぐには、ジェットで水を取り除くことが必要だったのです。当社は独自の計測法の開発により、冷却帯内での高精度な鋼板温度計測を可能にしました。

3.開発した温度計測方法(Fountain pyrometer-ファウンテン・パイロメーター)

当社は、水に影響されない計測方法を開発しました。新計測法は、水を吹き飛ばすのではなく、逆に噴水状の流水を使って安定した測温をするという逆転の発想にもとづく技術です。


図2 ファウンテン・パイロメーター

(1)水による熱放射光の吸収とその対策
通常の放射温度計で検出される熱放射光(赤外線など)は水に強く吸収されます。光の波長によって水に吸収される程度、つまり不透明さの程度が異なっているので、当社では、この強く吸収される波長帯を避け、水に対し透明度の高い波長の熱放射光だけを検出する方法を考案しました。
(2)水滴による散乱に伴う減衰とその対策
当社は、水に吸収されにくい、つまり透明度が高い光のみを使用して計測するというアイディアを活かし、計測センサヘッドから鋼板までの間に、水を噴水のように噴出させて、熱放射光が安定伝搬する光路を作る方法を考案しました。これにより水滴などによる熱放射光の散乱を抑制し、安定的な温度計測が可能になりました。

 この新型の温度計測機を「ファウンテン・パイロメーター」と呼んでいます。

4.冷却帯内計測温度を用いた新制御方法

上記独自の新温度計にあわせて鋼板温度の制御技術も新たに開発しました。新温度計の計測結果を用いたフィードフォワード(予測制御)を盛り込んだ制御です。ホットランテーブル上での鋼板は高速で移動しています。鋼板上のある1点はホットランテーブルを10秒程度、あるいはそれ以下で通過します。ホットランテーブルの途中で、ある点で予想よりも急激な冷却が始まっていることを検出した場合、残りのホットランテーブル走行区間を最適な冷却条件に設定変更するために残っている時間は3~5秒程度です。新開発のフィードフォワードは、巻取温度が目標温度±許容誤差内におさまるように、この短い時間で残りの走行区間内の最適な冷却水ノズルのON/OFFパターンを再計算し、設定しなおす制御です。これを鋼板全面について逐次行い、鋼板全面にわたって巻取温度を一定に保つことが可能になったのです。この制御はファウンテン・パイロメーターにより冷却帯の中でも鋼板温度を正確に測定できるようになったために実現することができました。

5.効果

開発した新温度計を冷却帯内に複数設置し、新温度計を利用した巻取温度の自動制御技術を適用した結果、熱延鋼板全長にわたり安定した巻取温度制御が実現し、熱延の高張力鋼板の品質安定化に寄与しました。具体的には、高張力の熱延鋼板(590MPa)の巻取温度許容誤差外れが半減しました。また別の適用材への応用や、新材料開発時の温度モニタなど、いろいろな局面で新技術は戦力化しています。
当社は、この技術をはじめ、平成21年第三回ものづくり日本大賞優秀賞を受賞した熱延蛇行制御技術などプロセス計測技術とプロセス制御技術が連携した研究開発を行い、新しいプロセス開発による成果を上げています。

以 上

 

<用語解説>
*1 熱間圧延(熱延)製造プロセス

熱延工場では、製鋼工場で製造した厚み二百数十mmのスラブ(鋼塊)を千数百度に再加熱後、連続的に圧延し、厚み1~数mmの鋼板にします。鋼板は、圧延直後にホットランテーブルと呼ばれる搬送テーブルを通りながら水で冷却され、その後、コイラー(巻取機)で巻き取られ、熱延コイルあるいは熱延鋼板と呼ばれる製品となります。このホットランテーブルの長さは約200m、多数の水冷ノズルを備えた冷却帯が設置されています。熱延鋼板は冷却帯を秒速10~25mで通り抜けながら、水で冷却されます。高張力鋼板などでは800℃以上から一息に500℃程度まで冷却される場合もあります。
高張力熱延鋼板の材料特性は、どんなスピードで何度に冷却されるかに大きく依存します。この冷却パターンの管理指標として代表的なものに冷却帯直後=巻取直前の鋼板温度があり、これを「巻取温度」と呼びます。高張力熱延鋼板では、この巻取温度が比較的低い温度、また厳しい許容誤差で管理する必要があります。

*2 高張力熱延鋼板とその製造プロセス

熱延鋼板は当社鋼板・建材カンパニーの主要製品の一つです。熱延鋼板には、さまざまな種類があり、高張力鋼(ハイテン)は、通常の鋼板に比べ強度が高くなっています。高張力鋼板は、より薄くても必要な強度がでるため、自動車の軽量化と燃費向上に寄与します。単に強いだけでなく、加工しやすさなどを兼ね備えた高張力熱延鋼板もあります。

*3 放射温度計

インフルエンザの水際対策として空港などで使われたサーモグラフィと同様の原理を用いた温度計のことです。物体は温度が高いものほど強い赤外線など(=熱放射光)を放出します。放射温度計は、この熱放射光を検出して温度を求める方法で、時間あたり熱放射光量が多いほど高温だという計測結果になります。放射温度計のメリットは、光を使うため、計測対象から離れて測温できることです。これが、高速で走行する熱延鋼板の計測に使われている理由です。

*4 遷移沸騰

高温の鋼板と水との熱伝達の形態の一つ。熱伝達形態には膜沸騰、核沸騰、遷移沸騰の3種類があります。膜沸騰は、熱いフライパンとその上の水滴の間のような伝熱のパターンで、水滴と熱いフラインパン(鋼板)の間に水滴の一部が蒸発した蒸気の膜が形成される形になります。比較的熱が伝わりにくいため、鋼板はゆるやかに冷却されます。膜沸騰では、水と鋼板間の熱伝達を比較的精度良くモデル化することが可能です。核沸騰は、鍋で水を沸騰させて泡立っているのと同じパターンです。核沸騰条件では、鍋(鋼板)の面が直接、水に触れるので鍋面と水との間で大量の熱が伝わり、その結果、鍋(鋼板)は急速に冷却されます。遷移沸騰は、膜沸騰と核沸騰の中間的なパターンです。熱延工場のホットランテーブル上で、高温の鋼板が冷却されている途中で、鋼板温度が約550℃を下回ると、遷移沸騰条件となり、突然、膜沸騰から核沸騰に変化し、冷却速度が急増します。この急増した冷却速度にバラツキがあり、伝熱モデルによる予測が非常に難しいという特性があります。


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