ENGLISH
ホーム > ユーザーボイス > 宮大工棟梁 三村 康久 | Yasuhisa Mimura

ユーザーボイス

宮大工棟梁三村 康久

「私たちが新しいものを生み出すことが、先人から受け継いだ技術の素晴らしさを後世に伝える一つの方法だと思います」

宮大工棟梁 三村 康久 氏 (Yasuhisa Mimura)

高尾神社(広島県呉市)の六葉金物



六葉とは、主に長押( なげし)と柱の重なり合う部分に打つ釘の釘頭(ていとう)を隠すために使われる釘隠しの金物です。社寺建築の格調を高める装飾金物の一つですが、このたび日本製鉄のデザイニングチタンTranTixxiiでつくられたものを初めて使わせていただきました。銅製下地に金箔や金めっきを施した旧来の物に比べ耐久性があるということですし、質感や形もなかなかの出来栄えですので、うれしく思っています。(三村棟梁談)

職人の第六感を刺激する

—高尾神社の改修にあたって、なぜ六葉(ろくよう)にチタンを使おうと考えられたのでしょうか。

三村: チタンは木にやさしいからです。金属と木材はもともと相性が良くありません。金属のさびによって、木材も腐食していきます。また金属が結露して、木材が金属のイオンを含んだ水分に触れると、木の細胞壁同士をつなぐ役割を果たしているセルロースが劣化してしまうことがあります。そんなことから、チタンは腐食が進まないという話を初めて聞いたとき、まず面白いと思いました。さらに歯のインプラントや骨折固定プレートがチタンでつくられていると知り、人の体にやさしいのだから、木にもやさしいはずだと感じ、私の職人としての第六感が刺激されました。

チタンを、木造建築を守る役割の一部に加えたいと思い始めました。2018年6月JSCA(日本建築構造技術者協会)中国支部での講演のとき、日本製鉄の方との出会いがあり、その折にTranTixxiiのイオンプレーティングゴールドのサンプルを見せていただいたのですが、その半年後に装飾金物に使えるのではと提案しました。六葉はこれまで銅や真鍮(しんちゅう)、鉄などが下地に使われ、金箔や金めっき、漆焼き付けなどの仕上げが施されてきました。チタンは金色が剥がれ落ちることなく、輝きが失われない。これは金に匹敵するとインスピレーションが湧きました。

—TranTixxiiを使って、どのように六葉が出来上がっていったのでしょうか。

三村: 私が六葉の種類を伝えると、すぐに東洋ステンレス研磨工業さんがサンプルを持ってこられました。見た瞬間、素直に、これじゃちょっと駄目だねと言いました。まず古建築のバランスは細かく先人が培ったデータのもとに決められているからです。多分いろいろ調べられて、六葉らしいサンプルをつくられたのだと思います。でも、それだけでは個々の割り付けのバランスが良くないのです。

社寺に使われる諸々の部材は、全体のなかでのバランスが決められています。新しいものを生み出すことは大事なことですが、先人たちが磨き上げてきた感性の蓄積が、より輝くようなものを生んでこそ初めて美しいのです。持ってこられたサンプルに、新たな可能性を生み出すぞという満々の意欲を感じましたのでその熱意を受けて、監修という立場で、私が配置と組み合わせ方などを整理させていただきました。一枚の板から立体感をどうデザインしていくか。ツボになる大事なところも変えてもらいました。

その結果、宮司さんや氏子さんをはじめ多くの皆さんに良いね、美しいねと評価していただける六葉に仕上がりました。皆さんのチタンを広めたいという情熱がありましたので、スピード感がありました。私的には、日本製鉄という大きな会社と仕事ができること、いろいろな異業種の人たちの知己を得ることで、私が今まで蓄積したこと、まさに先人たちの技術を現代につなぎ合わせることを、地方の私にさせてもらったと思っています。

素材の選択肢が広がる

—伝統建築におけるチタンの可能性をどのように感じられていますか。

三村: チタンは工業化されて70年余り。まだ若い金属のようです。社寺の世界では 1000年を超える木造建物があります。だから経年の実績を求められます。チタンは良い素材ですが、いざ使うとなったら勇気がいります。 100年後、 200年後に〝あのチタンの六葉が素晴らしい〞と言ってもらえたとき、初めて成功事例となります。今の時点では私にもわかりませんが、今は、皆さんが美しいと言ってくださる、それが救いです。

私なりにチタンの使い方を整理しています。木材は100年から 150年をめどに細胞壁が固まっていく性質があり、変形しにくくなることが古建築の材料からもわかっています。ですので、新材で建てた場合は木材の動きが落ち着くまで、粘土瓦の重みで制御するのがよいでしょう。一方で、 100年から150年ほど経過してくると、木材の持つ力が緩やかですが弱まると考えられるため、屋根を軽くすることができるチタン瓦に葺き替えるのも良いでしょう。

近年は人工乾燥の技術の進歩や、大径の木材が極少なので、初めから軽いチタン瓦を使ったほうが良い場合もあります。屋根にチタンを使うのだから、装飾金物や内装にもチタンを使ってみよう。銅など今まで使われてきた素材に選択肢の一つとしてチタンを加えてもらう。そのように考えています。

—今後の抱負をお聞かせください。

三村: 伊勢神宮の式年遷宮は20年に一度行われてきました。現在も敷地内に生活して仕事をしている大工が、「宮大工」と呼ぶにふさわしいと思います。大工は今では木工大工だけになりましたが、昔はいろいろな職種の長が大工と呼ばれていました。大工とは、考えることができる人、判断することができる人でした。古代律令制のころ、木工寮(もくりょう) あるいは、修理職(すりしき)に属して官位を授かっていました。そういう歴史を知るほど、宮大工と名乗ることは、今の私はまだその域に達していないと感じています。でも、若いときはなぜか宮大工と呼んでもらいたいものなのです。それが先人の技術にすがってしまっているとも知らずにです。しかしながら、ただただ先達にすがっているようでは新しいものは生まれない。新しいものを、いわば妄想しないと私たちの業界は廃れてしまう。そうして、新しいものを生み出していくことで初めて、私たちが先人から受け継いだ技術に微力ながら新しい価値を加え、後世の人たちへ伝えることができると思うのです。

今と昔をかけ渡す梁(はり) 、まさに棟梁として新しいものを生み出すため、その時代の良い素材を見極めて、良いものを工夫して使っていくべきと考えます。これは私の責任だとも思っています。最近、神社仏閣巡りをする方が増えています。京都、奈良に行けば、素晴らしい伝統建築がたくさんあります。広島にも尾道や宮島に重要文化財があります。
では生まれた街はどうなのか。地元のお寺やお宮が美しかったら、故郷をもっと大事にしたいという気持ちになるのではないか。実際、個性的であり良い建物がたくさん身近にあります。だからこそ、これからも日本の伝統を守り、今という時代のなかで、少し新しいことも加えながら後世に伝えていくことに尽力していこうと思います。


高尾神社の拝殿・本殿
鎌倉時代に創建され、室町時代末期の永禄年間(1558~70年)に遷座(せんざ)。2020年10月の御遷座四百五十年奉祝祭に合わせて、拝殿・幣殿・本殿(1933年再建)が改修されました。地域の人から開運厄除の神として親しまれている神社で、毎年節分前後の厄除大祭では巨大なお多福面が飾られ、大きく開いた口をくぐって参拝すると福を招くという「お多福通り抜け」の行事には多くの参拝者が訪れます。

Follow Us!

Fecebook Twitter Instagram Linkedin Youtube
公式SNSのご紹介へ