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ユーザーボイス

彫刻家森 貴也

「人智を超えた自然への敬意/
 表現媒体としてのチタン」

彫刻家 
森 貴也(Takaya Mori)

彫刻家 森貴也
昭和56年(1981年)熊本県玉名市生まれ 現在大分県竹田市在住。
各地で個展、グループ展、ワークショップ、講演会等の活動を行っている。
2005年 大分大学大学院 教育学研究科 教科教育専攻 美術教育専修 修了
2012年 第11回大分アジア彫刻展 大賞(大分県出身在住作家初)
2013年 第25回UBEビエンナーレ(現代日本彫刻展)宇部マテリアルズ賞
2015年 大分県芸術文化振興会議海外派遣事業(ニューヨーク)
2017年 豊後高田市花とアートの岬づくりプロジェクト2016-17に参加(長崎鼻に屋外彫刻2点設置)
2017年 第72回行動展 行動美術賞(最高賞)
2018年から、竹田市城原の空き家をアトリエ兼レジデンススペースに再生する
『城原プロジェクト』をNBU日本文理大学と連携して取り組んでいる。
2019年末から、日本製鉄の意匠性チタンTranTixxiiブランドを用い、
日本の美しいチタンを世界にPRする『チタンプロジェクト』始動

参考情報

 パブリックコレクション
 大分市美術館 屋外1点  朝倉文夫記念館 屋外(グループ製作)1点、屋内2点
 豊後高田市長崎鼻 屋外2点 グランツ竹田 屋外1点

1.自己紹介

 私の故郷は熊本県玉名市。自然が多く、幼少期はよく友だちと外で遊んでいましたが、室内で絵を描くことも好きでした。よく広告の裏紙に部屋の中にある物を見て描いては、親が上手だねと褒めてくれました。振り返ると、この「親に褒められる喜び」が創作の原点のような気がします。
 大学から大分県に移り、現在は、山深く、自然と水が豊かな、地元熊本との県境にある竹田市を気に入り、創作の拠点にしています。

 大学は教育学部の美術科で、主に芸術の基礎を主に学んでおりました。
 私が本格的に彫刻家としての道を歩み始めたきっかけは、大学院生時代が思い出されます。ある彫刻コンペで受賞し、パーティーに参加した時の事。主催者代表から各受賞作家に「あなたたちは、80歳になっても作家活動を続けていると思いますか?」という質問がありました。最優秀賞の方は「もちろん続けています!」と即答した一方、自分は明言できなかった。その時の自身の覚悟の無さに対する悔しさが、バネになり、彫刻家になる決心を固めることとなりました。
 教育学部では芸術を幅広く学ぶことができましたが、美術大学と異なり彫刻を突き詰めて深く学ぶ時間には限りがあり、彫刻家としては未熟であることを痛感していました。そこで大学院修了後、鉄工所の門を叩き、約4年間アルバイトをしながら、金属加工技術を職人から学ばせていただきました。
 その甲斐もあり、アジア彫刻コンクールや国際彫刻コンクールで受賞する等、少しずつ実績を積み重ねることが出来ました。作品発表の場も、始めは九州が中心でしたが、現在は東京、遠くはアメリカなど、各地で展覧会を開催させて頂く機会が増えています。
 現在は金属を主に、さまざまな表現媒体を使い分けています。故郷の熊本県と、彫刻家としての出発点である大分県に恩返しをできるように日々精進しております。

2.表現のテーマ・作品世界

 主な作品のテーマは、『境界』『THE FORCE』です。
 人智を超えた自然の摂理を貫く、時の流れの中で、過去と未来という『境界』があります。時の流れの中で、現在という瞬間は絶えず過去となり、私たちを未来へと押し出しています。時の流れを遡ることはできず、過去と未来には厳然とした『境界』が存在します。この『境界』は時として残酷ですらあります。
 このような時間の流れにおける『境界』を意識するようになったのは、学生時代における近しい方との別れや、同時期に起こっていた『テロ』や『震災』がきっかけだったと思います。抗うことができず、取り戻すことのできない時間。普段、漠然と同じ時間の流れを共有していると理解していたものが、実は各々で異なる時間の流れを体験している。一人一人それぞれが固有の現実に向き合っている。時として苦しみや悲しみであったりする。こうした別れという瞬間に接して、突如このような時間にまつわる現実に直面させられ、喪失感や驚き、戸惑いに襲われました。以降、強烈な関心事として、創作の核となっていきました。
 20代半ばまでは、時の残酷さ・苦しみ・悲しみといったネガティブな側面を表現していました。ところがあるとき、私の個展を観に来てくださった学芸員の方との対話で、「森君の作品はダークなテーマを扱っているけど、同時に作品から森君のプラスのエネルギーも感じる。」という想像もしていなかったお言葉をいただきました。
 意識して表現しようとしていたネガティブな内容とは別に、表裏の関係として無意識の私自身の生命力・生きる意志もまた、作品の中に自然に内在していることに気づかされました。このときから、ポジティブなメッセージの作品作りを意識するようになりました。   その後、鉄とステンレスに出会い、現在の『境界』シリーズが誕生しました。鉄は錆びながら時の記憶を刻み、ステンレスの鏡面には、常に今現在が映し出されます。ステンレスの鏡には、人々の笑顔や、季節の移ろいや、明るい未来が映し出されてほしいという願いが込められています。
 『境界』という作品がきっかけで、時の流れを、ネガティブ/ポジティブといった人間の捉え方を超越したより大きな自然の摂理『人智を超えた力』として意識させられるようになり、『THE FORCE』という作品が生まれました。人の身長ほどある大きな木材に、100t以上の強烈な圧力をかけて割れを生じさせ、力が解放される瞬間の形(力そのもの)を表現した作品です。震度7の地震で一戸建ての家が倒壊する力が約15tと言われていますので、圧倒的な力であることが分かると思います。力そのものはプラスでもマイナスでもありませんが、この作品の隙間から漏れる日の光にプラスを見出す人もいれば、この形状からマイナスのイメージを連想する人もいるかもしれません。
 この作品には続きがあり、割れた木材の隙間に、木材よりも長持ちする素材を充填し屋外に設置します。月日が流れ、木材が先に朽ちて剥がれ落ち、充填した素材が象徴する純粋なエネルギーの形だけが残ります。まるで大いなる力が、時の流れ、自然の力によって変換され、姿を現すかのようです。

 こうして生み出してきた『境界』『THE FORCE』といった作品群ですが、私は、時間と共に変化し、人の生の営みに寄り添い、共に成長し調和する『生きている彫刻』であって欲しいと考えております。
 街中や公園などに設置されている屋外彫刻作品のほとんどが、制作当時は求められて設置されたものですが、月日が流れ、時代や環境の変化により、残念ながら、再配置を余儀なくされる作品もしばしば見受けられます。自然の摂理が生み出す時の流れに逆らわず、時が生み出す変化に身を任せ、過去から未来に向け、時を繋いでいく作品を生み出していくこと。
 今というこの時を生きる彫刻家である私の使命であると考えています。

3.チタン・TranTixxiiとの出会い・期待

 表現の媒体として、鉄やステンレス、木材を主に使用してきました。そのどれも地元九州を主要生産地とする素材であり、日本の長い歴史の中で、関わりの深い素材となります。そんな地元九州の鉄やステンレスにおいて主導的な役割を果たしてきた日本製鉄様の中に、縁あって作品を応援して下さる方があり、同じく地元九州を代表する素材チタンそして意匠チタンTranTixxiiブランドをご紹介頂くに至りこの度のご縁を頂いております。
 鉄、ステンレス、木材、チタン。あらゆる素材が自然の摂理の中で、固有の寿命・時との関わり方の特徴をもっております。チタンは、性質として貴金属に近い耐食性をもつ金属であり、鉄・ステンレスと異なり群を抜いた100年を優に超える寿命を誇ります。また意匠チタンTranTixxiiは、長寿命のチタンに美しさを追求するという、日本が生み出した世界に類例のない素材です。
 人智を超越した時の流れを表現するにあたって、私のこれからの作品に奥行きをもたらしてくれるものと期待しており、意匠チタンTranTixxiiブランドとともに、新たな芸術表現への可能性に挑戦をはじめております。

 私たち日本人は、古代から現代まで、大きな自然のエネルギーの集まる日本列島の地で、悲しみも恵みも受け止め、時として整え、人智を超えた力を畏れ崇めてきました。
 地震雷火事親父という庶民の言葉や、諸行無常という意識、禅、茶道、日本の育んできた文化の根本に、人智を超えた力や時の流れへの畏敬の念が根ざしております。時として、そのような力の流れに翻弄された歴史上の敗者、悲劇も含めて、同じ時の流れを共有しその先にいるものとして、畏れ祀ってきました。近代に至っても、人類が築き上げてきた科学エネルギーの果実も悲劇も、自然と同じように、私たちは人類史の先端で受け止めてきたと言っても過言ではありません。基礎科学における業績も日本人の自然の摂理に対する親しみや関心の裏返しである気がしています。

 チタンという金属は、耐食性の高さにも連なる特有の安定性から、悠久の時の流れの中で地球の地殻・岩石の中に身を潜めておりました。人類が電気エネルギーと出会った事からようやく発見に至り、電力の大量供給に至り、戦後になって初めて、量産されるようになった金属であり、大きなエネルギーの賜物といえる存在です。意外にも冷戦時代の超大国に次いだ3番目に日本人は量産に漕ぎ着けました。この大きなエネルギーの賜物を、平和な暮らしに役立てることに力を注ぎ、美意識、哲学を砥石に挑戦を続け、独自の技術展開・世界をリードするに至っています。

 美しさを追求する、意匠チタンTranTixxiiは、この大きな時の積み重ね・私たちの生の営みを繋ぐものと理解しています。単なる工業製品・マテリアルを超えて、大いなる自然への敬意・力への畏怖、力に背を向けず粘り強く向うことによる、極限への挑戦、そして、日本人の美意識といった魂を纏ったブランドであって欲しい。
 チタンという素材の魅力を活かし、人智を超えた力に寄り添う。時の流れと合わせて調和し、長い時間軸で時を繋いでゆく。そうした価値に期待していきたいです。

4.今後の展望、及び、TranTixxiiと芸術表現について

 チタンという新しい素材に挑戦の機会をいただき、実際に加工を始めておりますが、想像していた以上に、親しみ易い金属であるという事に最初驚きました。溶接時のガスの流量や、素材の比重、硬度、溶け込み方など、他の金属にない特徴を感じるものの、加工方法の留意点はステンレスに極めて近く、従来の加工法の延長線上で加工が可能です。これまで“チタンは加工しにくい”という先入観を持っており、これまでの金属と一線を画した異物のような印象をもっていましたが、一瞬でこうした印象は払しょくされすっかり、我を忘れて“チタンいじり”の試行錯誤に没頭してしまいました。
 そして、長年親しんできたステンレスとの比較した印象となりますが、チタンは比較的、反射が柔らかく周囲に馴染む印象をもっております。意匠チタンTranTixxiiで制御し使いこなしている干渉色という現象によるものかと思いますが、穏やかに長く佇む印象があります。錆びる鉄と強い反射光で主張するステンレスという対比関係とは、一線を画すこれまでに経験したことのない雰囲気に強い魅力を持っております。

 チタンは、海水を含め環境を選ばず、強く軽く運搬が容易な点は、芸術表現の場所を選ばず、大きさ・場所という点でこれまでの制約を乗り越えられる無限の可能性があります。人工骨をはじめとした医療で利用されるほど、生物との相性が良い点も見逃せません。実際に苔などの植物が表面に定着し自然界で馴染んでいった事は印象的でした。これまでの彫刻作品にない表現の幅が得られるのではと期待しております。
 さらに、最新の意匠チタンTranTixxiの技術も見逃せません。干渉色の原理を用いた発色や、ブラストを応用した意匠チタンTranTixxiの技術を応用して、表面に痕跡を残す技法に挑戦できるのではないかという事。私たち芸術家の世界では、粘土や絵の具等、可塑性のある素材を表現媒体とする際には、筆跡、ヘラの跡、指跡を残し、他の誰とも異なる唯一無二のオリジナルの証としております。鉄やステンレスといった金属は硬く、その痕跡を残すためには鋳造や溶接ビードを残すという方法以外は厳しいと思っていました。
 意匠チタンの世界では、被膜の厚みの制御による干渉色の原理、ブラスト技法で自然を写実する方法が徐々に模索され経験が積みあがってきております。被膜の厚みの制御、ブラストをチタン表面に障害物を形成する事で、意図的に遅らせることによるコントラスト表現となります。今年日本製鉄さんが、建築家の隈研吾さんとコラボレーションを発表されたルーバーの表面模様がまさにこの原理が応用されたものだったかと思います。
 同様に表現したい模様を形成した油膜(皮脂等)をチタン表面に意図的に形成した後に、電気的・熱エネルギー的に、被膜の厚みの制御し発色させると模様が残ります。この手法は、多くの方に表現(例えば指紋)を作品表面に残して頂く事で、作品の当事者となっていただく事が期待できます。また、これに、意匠チタンTranTixxiiが世界初で実現した耐変色技術により、痕跡も含めて、末永く変色せずに維持する事も期待できるのではとも考えております。
 人智を超えた時のもたらす摂理の一つである、“人の営み同士の交わり”“縁”を表現し、共に未来に時を繋いでいく新しい作品の在り方を模索できればと考えております。

 これまでに屋外彫刻を数点手掛けてきた私としては、チタンという素材との出会いは運命と言えるかもしれません。『生きている彫刻』とチタンの相性は抜群です。時を超えて未来に繋がり、人智を超越するような作品を、チタンを使って制作し、屋外に設置することが今後の目標の一つです。
 英語のアート(ART)の語源はラテン語のアルス(ARS)と言われています。アルスとは元々は人間の技、技術という意味で、自然の反対語です。日本製鉄およびパートナー会社のアルスの融合により誕生したTranTixxiiチタンを使用し、時を超えて語り継がれるアート作品を創造し、作品と、そして日本独自のチタンを世界に発信していきたいと考えています。