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ユーザーボイス

明日の建築をつくるもの

チタンルーバーの可能性

座談
-知見徹摩 (日本製鉄株式会社)
-清水寛史(日本鐵板株式会社)
-上田智志(三和タジマ株式会社)
-宮澤一彦(隈研吾建築都市設計事務所)
-モデレータ:中﨑隆司

-「ディテール」No.214(2017年秋季号)より転載

「軽い」「さびない」「強い」チタン

中﨑: これまで建築の金属材料では,鉄やアルミ,銅が建材として多く使われてきました。近年,それらとは違った特性をもつチタン(Titanium)が建築用材料として進化し,既存建材からの置換えも行われていると聞きます。そしてさらなる活用をめざして, 隈研吾さんにお声がけしたチタンのプロジェクトも進行しています。
 そこで今日は,そのプロジェクトに一緒に取り組んでいる企業3社と,隈事務所の担当の宮澤一彦さんにお話をうかがいながら,チタンのことをもっと知り,これからの建築におけるチタンの可能性を探ってみたいと思います。

知見: チタンは新しい金属です。銅は6000年,鉄は4000年,アルミは200年近くの歴史がある中で,チタンは工業用生産が始まってまだ70年くらいです。鉱石自体はもっと昔に見つかっていたのですが,ギリシャ神話で地底に封じ込められたタイタン(巨人)にちなんで命名されたように,金属を取り出すまでに苦労を要しました。建築に使われてからは,まだ45年くらいしか経っていません。
 金属としてのチタンは「軽い」「さびない」「強い」という3つの特徴をもっていて,主に航空機やプラント,熱交換器などに使われています。
 「軽さ」は安全性の確保や耐震性につながり,加工・施工時の負荷を軽減できます。「さびない」ことでライフサイクルコスト(LCC)を低減でき,メンテナンスも不要。使う場所を選びません。そして「強い」ので,たとえばアルミよりも板厚を薄くできます。また,環境への影響はほとんどありません。チタンの人工骨や人工関節もつくられており,生体適合性のよい材料です。
 さらに,意匠面の大きな特徴として干渉色があります。表面に存在する無色透明の酸化皮膜のおかげでさびないのですが,光がその皮膜を通って干渉を起こし,
さまざまな色を発します。外壁に使っていただくと,たとえば朝昼晩の光で色が変わり,人が見る立ち位置によっても色が変わる。そういう面白い効果もねらえます。


海外で広がりを見せるチタン建材

知見: チタンの素地は光沢のある質感なのですが,砂状のアルミナを吹き付けるアルミナブラスト処理をすることで,マットな質感になります。こうしたチタンを使って,浅草寺(宝蔵門2007,本堂2009、五重塔2017)をはじめとした伝統建築の瓦の置換えや,銅葺き・檜皮葺き・こけら葺きの置換えが進んでいますし,金の代替品としてイオンプレーティングゴールドチタンが用いられつつあります。

清水: 現代建築での活用は,特に海外で広がりを見せています。フランク・O・ゲーリーが「ビルバオ・グッケンハイム美術館」(1997)で大々的にチタンを使ったことがきっかけですね。ゲーリーは干渉色が大好きで,スペインの「ホテル・マルケス・ド・リスカル」(2004)では,日本製鉄のチタンを採用してくださいました。また,フランスの建築家ポール・アンドリューはビルバオのチタンを見て,「中国国家大劇院」(2007)で日本製鉄に声を掛けてくださいました。
 日本の建築で私が最初に担当したのは,丹下健三先生の「フジテレビ本社ビル 球体展望室」(1996)です。この時は光沢のあるロールダル(ND10)を採用していただきました。菊竹清訓先生も作品によりさまざまなチタンを使われています。「島根県立美術館」(1998)では表面を酸洗した白いチタンの屋根を,「九州国立博物館」(2004)では光沢のあるブルーの屋根をつくりました。外壁で採用した初めての大規模建築は「昭和館」(1998)です。板厚1.5mm,長さ7mで,ひずみもない。チタンを建築で用いた代表的事例の一つだと思います。

知見: われわれは「機能+意匠」という視点で,建築から民生品まであらゆる意匠製品への展開を図るために,このほどデザインチタンのブランド「トランティクシー(TranTixxii)」を立ち上げました。 最近では,パリ郊外のレジデンシャルタワー「M6B2 Tower of Biodiversity」(2016)の外壁に,結晶出しのチタンを緑色に発色させたものが採用されています。日本の苔を表現した意匠を使いたいという,フランス人建築家のエドワード・フランソワのたっての希望に応えるため,試行錯誤の結果,この風合いと色味をチタンで実現させました。 そして,チタンの建築意匠をさらに展開させるプロジェクトの一つが,このたび隈研吾先生と一緒に進めている既成品としてのチタンルーバーの挑戦です。






チタンでルーバーをつくる

中﨑: 隈さんの建築を見ますと,この20年間,ルーバーを意匠の一つとして使っておられます。宮澤さんは担当者としてチタンルーバーを考えるにあたり,最初に何を思われましたか。

宮澤: 私自身はこれまで建築にチタンを使ったことはなく,アルミなどと比べてしまうと,正直チタンは高価なものというイメージでした。ですから,まずはそこをどう超えるかが大きなポイントになるだろうと思いました。
 また,競合するアルミルーバーはすでに山ほどあります。アルミルーバーは押出材で,同じ断面のものが伸ばされてつくられるので,平断面の意匠はできるのですが,側面の意匠はできない。そこがチタンルーバーのデザインを考えるうえで一つのポイントになるのかなと思いました。
 われわれの事務所では,素材を重視した建築においては,ルーバーは一つの手法として主流になっていると言えます。昔から格子がそうであるように,ルーバー自体は,意匠だけでなく機能として成立しています。そういう意味でも,ルーバーは一過性のものではないと言えます。
 隈いわく,ルーバーを通すことで光を「粒子化」し,その光を建築の中に取り込む。そのためのフィルターとしての役割があります。また,単純に板を張るのではなく,地域の材料を建築に取り込んでいこうという流れがある中で,光の「粒子化」をその場所(土地)ごとにどう合わせていくか,それを調整するための手法の一つがルーバーなんです。
 今回,最初に隈と相談をした際,ロールダル仕上げの柔らかな反射に興味を抱きました。そしてどれだけ薄くできるかが一つのポイントになるので,まずはその点を詰めてみようと,実際に三和タジマさんの工場でルーバーのモックアップをつくってもらいました。

上田: 私どもは,最近では中目黒換気所(2014)の外壁パネルをチタンでつくりました。そういう経験も活かしながら,今回製作したモックアップは,背面のステンレス材で強度を担保するものになっています。コスト面からチタン部は薄くし,なおかつ軽くとなりますと,それ自体で強度を担保するのがなかなか難しいものですから。

宮澤: モックアップは2種類の厚みでつくってもらいました。その結果,0.6mmですと若干ひずみが出るので,もし製品化するのであれば,1mmは必要ではないかということが検証でわかりました。

上田: 加えて,チタンは他の金属に比べてスプリングバック,つまり戻る力が強く,非常に硬く感じますし,一度プレスしたら矯正しにくい。そういった面もどのようにクリアしていくかですね。

知見: チタンはヤング率が低い特性を持っており曲げた部分がスプリングバックで戻ろうとする傾向があります。そのような場合でも,元の材料をどうやって加工し易くしていくのかなど,われわれが間に入ってアドバイスすることで,大抵のプレス加工はできるようになってきました。この20年くらいで材料はかなり改良されていると思います。


素材の改良で複雑な成形も可能に

清水: 素材改良の話でいえば,浅草寺のチタン瓦は,瓦に見せるデザインでありながらも,チタンらしい形を模索しました。鬼瓦も製作したのですが,それにあたっては特に柔らかくて使いやすいチタン素材をつくりました。一般に世間に出まわっているチタンでは複雑な形を成形することは難しい。ですから,鬼瓦のような複雑なものをチタンでつくることができるとは誰も想像できなかったでしょうね。

宮澤: 社寺建築の瓦の置換えや鬼瓦製作は,チタンの特性がうまく表現されていて,ベストマッチですよね。素材改良の状況も踏まえて,ルーバーに置き換えてみたときに何が可能なのかなと考えてみますと,モールディング,つまり型押しで表情を付けることが一つの手法としてありえるのではないかと思っています。

上田: そこはわれわれの要望ともうまく合致する方向に向かっていますね。実は,プロジェクトのスタート時はシンプルにということでしたが,それだけですと,既成品として販売するにあたり差別化が少し難しい。そのためデザインでの差別化,たとえばテクスチャーを考えていただけないかと思っていました。表面に表情が付いていると,たとえば遠くから見たときに,アルミルーバーなどとの差別化もできますから。

知見: ベーシックでシンプルなモデルがありつつ,スペシャルなものもあるほうが,使い勝手も広がりますね。

宮澤: 確かに,使う人の目的に応じたものが揃っていれば選びやすい。そういう両者のアプローチから,いま海外の案件でプロダクト化している焼き杉と杉皮のテクスチャーをルーバーに付けるとどうなるか検討してもらっているところです。




チタンの「扱いやすさ」が価格を凌駕しつつある

宮澤: コスト面は,板厚を薄くすることでクリアできるかもしれませんし,薄くした場合,テクスチャーを付けることで面強度を上げることができないかと考えています。
 今はプラスチックモールディングで金属の型押しができると聞いたことがあります。もしそれが可能ならば,型代が安くなり,耐久性を踏まえれば少量生産でコスト的には実現可能です。まずは小中規模の作品でチタンルーバーを使っていくにあたって,それはすごくマッチしますよね。垣根を一つ取り除くという意味では,そういう新しい技術に可能性を感じています。

上田: まさにそうしたコストや強度担保などの問題も絡めながら,われわれもトライしているところです。また,ルーバーをどういう位置づけで取り付けるか,取り付ける壁の素材への対応の仕方など,今後検討を進めていきたいところですね。

知見: 実は,世の中で言われているイメージほどチタンの価格は高くありません。比重が軽いことや板厚を薄くする工夫をすることで,単位面積当たりやパーツ当たりでは,既存の汎用材に価格を近づけることが努力次第では可能だと思っています。
 マグネシウムなど他の金属と比べますと,圧倒的に「扱いやすさ」があります。さびませんし,プレスもできます。厚板,薄板,棒線,型押し,パイプなどすべての材料がありますので,汎用品に近い扱いやすさがあります。
 そして高級感とデザイン性は確実にありますから,そこで価格を凌駕するような費用対効果が出てくると思います。また,軽いことで構造体への負荷を低減できますから,その部分でコストダウンでき,さまざまな貢献ができるだろうとも思っています。
 設計者や施工者の方々によりチタンを理解していただいて,チタンルーバーをはじめ進化しているチタン建材を,より多くの人に使っていただけたら,可能性はさらに広がっていくと思いますね。

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