ENGLISH
ホーム > ユーザーボイス > 長田 典子 | Noriko Nagata

ユーザーボイス

関西学院大学
長田 典子

独特の美しいグラデーションが
人に〝自然らしさ〟を感じさせる

関西学院大学 理工学部・人間システム工学科教授
感性価値創造研究センター長
長田 典子(Noriko Nagata)

1983年京都大学理学部卒。三菱電機株式会社を経て1996年大阪大学大学院基礎工学研究科博士後期課程修了。2007年より関西学院大学理工学部教授。人間の感性に対して科学的にアプローチし、ものづくりに役立てる研究をおこなっている。2013年文部科学大臣表彰科学技術賞、2014年グッドデザイン賞を受賞。

人間の感性を科学する

◎長田先生が研究されている感性工学とは、どのような学問なのでしょうか。
 ひと言で表現すれば、人間の感性を科学的に解明する学問といえます。ある製品をつくるときに、どうすれば消費者に共感してもらい、心を動かすことができるか。それをものの性質からアプローチして、感性と物性の関係を数値化、モデル化する研究をしています。

◎具体的に教えていただけますか。どのような研究事例があるのでしょう。
 そうですね、直近だと、ある化粧品メーカーとの共同研究があります。たとえば「透明感」という言葉は美しい肌を象徴するキーワードのひとつですが、その定義はこれまで明確ではありませんでした。
 そこで私たちは、素肌に対する印象語とメイク肌に対する印象語を集めてモデル化してみました。すると、それぞれの肌における透明感には違いがあることがわかったんですね。素肌の場合はナチュラル感やキメの整った質感など、視覚からの情報が透明感を左右していました。一方、メイク肌の場合は、なめらかさやすべすべ感といった触覚にアプローチする要素が透明感を強く感じさせていました。
 素肌とメイク肌で透明感の感じ方が異なるという事実は大きな発見でした。その結果を受けて、化粧品メーカーは新たに「触覚の透明感」というコンセプトを立て、パウダーファンデーションの新商品を開発しました。

◎なるほど、それは興味深いですね。そもそも先生が感性工学を研究しようと思ったのは何がきっかけだったのでしょう。
 私は1988年に電機メーカーに入社して、鋼材の表面傷検査装置の開発などをしていたんですね。ただ、これはすごく難しくて、傷があれば絶対にダメというわけではなく、たとえば模様がある部分の小さな傷はOKだったり、評価がとても感性的なんです。だからコンピュータで画一的に判断できない。どうしたものかと悩んでいた頃に、当時大阪大学の井口征士先生が手がけられていた感性工学を知り、すごく興味を持ったんです。人間の感性に対して科学的なアプローチをしてものづくりに活かすという、それまでまったく出会ったことのない学問でしたから。
 ちょうどそのとき、ある真珠メーカーから真珠の鑑定をする装置を作れないかという相談がありました。真珠って厚さが0.5ミリほどで、約1000枚の薄い層でできているんです。そのひとつひとつの層が光を反射しているのですが、光は波と同じ性質を持つので、いっしょになって強め合ったり、逆に打ち消しあったりすることによって、ピンクだったり緑だったり、真珠独特のあの美しい色があらわれます。これを薄膜干渉と呼びますが、この色の出方も真珠の価値のひとつになっているんです。
鑑定装置を開発するには、真珠の美しさとは何かを定義する必要があります。だからまずは鑑定士さんたちにヒアリングをして、巻きがどうだとか、照りがどうだとか、はんなりしてるとか(笑)、匠の感性がぎゅっとつまった言葉を採取して、真珠の価値をモデル化する作業から始めました。途中、上司から「そんな儲かりもしない仕事はやらなくていい」と言われながらも(笑)、なんとか鑑定装置を完成させることができたのですが、この仕事をきっかけに感性工学を本格的にやろうと決心して、井口先生のもとで学んで35才のときに博士号をとりました。






チタンと真珠の発色は同じ原理

◎長田先生には「トランティクシー」を研究素材として使っていただいていますが、トランティクシーを初めてご覧になったときの印象をお聞かせください。
 びっくりしましたね。とにかくあんなにいっぱいきれいな色があるわけですから。トランティクシーの色も薄膜干渉によってあらわれているので、「真珠といっしょだ」と思ってすごく興味が湧いたし、どうやってその干渉色が出ているのか、詳しく調べてみたいと思いました。
 ただ、実際には原理を見つけるのがひと苦労でした。チタンはすごく面白くて、どこから見ても、つまり光の強いところも弱いところも同じような干渉色が見えるんです。これは真珠とはまったく違う特性です。
 最初はその理由がわからなくてずっと悩んでいました。ただ、あるときひらめいて、チタンの場合、素材の表面にとても微細なレベルの粗さがあり、それがあらゆる方向に光を跳ね返していると考えると非常にうまく説明できたんですね。そうやって発色のメカニズムがわかったことで、チタンの干渉色をCGで再現することにも成功しました。

◎色の美しさのほかに、トランティクシーに感じている魅力はありますか?
 錆びない、軽い、強い。そうした素材の優秀さはもちろんですが、とても自然なんですね、存在が。風景の中にあってもぜんぜん違和感がない。それはなぜかといえば、ひとつはグラデーションなんです。空も海も樹木も、自然の色にはみんなグラデーションがあります。そこに私たちは無意識のうちに自然を感じているわけです。
 一方、人工物にはグラデーションはなくて、赤はどこまでも同じ赤だし、青はずっと同じ青です。ですが、トランティクシーには色のグラデーションがちゃんとある。だから人工物であっても、自然らしさを感じることができるんです。これは意匠材として非常に魅力的な点だと思います。
 あとは表面仕上げにたくさんの種類があって、それによって印象がまったく変わる面白さ。トランティクシーのそれぞれの表面仕上げがどんな印象を与えるかの評価実験もしたのですが、ブラスト仕上げであれば「繊細、落ち着き、親しみ」などを感じさせてくれるので、お寺や神社などの伝統建築に向いている。また、ロールダル仕上げであれば「高級感」などを感じさせるので近代建築に向いているし、発色仕上げは誘目性が高いのでデザイン重視の建築物に向いている。
 トランティクシーという商品は、色の美しさ、自然らしさ、そして仕上げのバリエーションが相乗効果となって魅力を高めているし、デザイナーや建築家など、使う側にとっては想像力をさまざまに喚起させてくれる素材だと思います。

◎おかげさまで意匠材として多くの建築物に使われていて、東京・浅草寺の瓦屋根など文化財にもマッチするとの評価もいただいております。
 あれはすごいですよね。焼きむらも表現されていて、誰がどう見ても瓦ですから(笑)。しかも本物の瓦に比べて軽いし、耐久性もあって長く使える。こういう新しい技術で古いものを守っていくことはすごく価値のあることだと思います。
 私は兵庫県の教育委員をしていたのですが、さまざまな文化財を後世に残していこうと熱心に活動している方は大勢います。トランティクシーを活用することでそういう方たちといっしょになって文化財を守っていけたら素晴らしいですし、技術者冥利に尽きるんじゃないでしょうか。

◎素材としての将来性についてはいかがでしょうか。
 私はすごくあると思います。塗装と違って色がはげないし、自然と同じような美しいグラデーションがある。言ってみれば自然を模倣しているわけですから、私たちの身の回りのどんなものにも置き換えられるはずです。極端な話、木や石や花にだって置き換えられる。加工技術がさらに進化して、素材の厚さを場所ごとに変えられるようになれば木目だって作れますよね。
 その一方で、金属的で美しい色合いを前面に出した使い方ももちろんできます。スペインのホテル(※)のような活用はその象徴だと思います(※「マルケス・ド・リスカル」。世界的建築家フランク・O・ゲーリー氏がデザインしたホテル)。
 建築材としては屋根や外壁などエクステリアとして使われることがほとんどですが、将来的にはインテリアに使ってみるのも面白いかもしれません。どういう部屋だったらリラックスできるか、勉強がはかどるかなど、じつは今、色をはじめとした室内環境への関心がすごく高まっているんです。私の研究室にもそうした研究依頼がきていますが、トランティクシーのような自然感のあるチタン素材をインテリアに用いたら人はどう感じるか。これも面白いテーマだと思いますね。
 とにかくユーザー側が自由な発想でどんどん使ってもらうことが一番です。そこからもっとこんな色がほしい、こんな風合いがほしいというようにフィードバックをもらい、素材として磨かれていくのが理想ではないでしょうか。

◎トランティクシーは先生にとって今後も研究テーマのひとつとなるでしょうか。
 もちろんです。これほど美しい干渉色を出せる素材はめったにありません。真珠は自然物なので、大量に工業生産できる人工物で干渉色を出せるのはチタンくらいではないでしょうか。その意味でも大きな可能性を秘めている貴重な素材だと思います。これからも研究対象として、その魅力を掘り下げていきたいですね。





前の記事へ