大殿屋根瓦総葺き替え工事の様子
2024(令和6)年に浄土宗開宗850年の節目を迎えるにあたり慶讃事業を推進。改修事業の一環として、約50年ぶりに大殿本堂の屋根瓦をこれまでの粘土瓦からチタン瓦に葺き替える工事が進んでいます。
— 増上寺が一般的に知られるようになったのはいつからでしょうか。
友田:
徳川家康公が関東の地を治めるようになると、増上寺は1590(天正18)年に徳川家の菩提寺(ぼだいじ)に選ばれました。江戸幕府の成立後は家康公の手厚い保護もあり、増上寺の寺運(じうん)は大隆盛(だいりゅうせい) へと向かい、その存在が広く知られるようになりました。
― 現在、どれくらいの方が参拝されているのでしょうか。
友田:
コロナ禍前は年間100万人くらいです。ただし、浄土宗の教えを受けたり、普段からお念仏を唱えている方ばかりではありません。近くに東京タワーがあるため、多くの方が観光目的でお参りになられています。私どもの立場としては、増上寺に来るときは観光客であっても、帰るときには仏様に手を合わせ祈りを捧げた参拝客になってお帰りいただきたいと願っています。
― 屋根瓦の総葺き替えに取り組まれた理由と、工事の概要を教えてください。
友田:
現在の大殿は、旧大殿1945(昭和20)年の東京大空襲で全焼したあと、74(昭和49)年に再建されて以来、間もなく50年を迎えます。昭和、平成を過ごした屋根瓦は長年の風雪に耐え、傷みが激しくなっています。大殿は檀信徒様(だんしんとさま)をはじめ大勢の方々がお参りになられる場所ですから、直下型地震でも起きたら一大事です。そのため、躯体を耐震補強するとともに、屋根瓦を葺き替えようという話が持ち上がりました。浄土宗をお開きになった法然上人(ほうねんしょうにん)が 1175(承安5)年に立教開宗されて以来、850年を迎える2024(令和6)年に合わせての慶讃(けいさん)事業の一環として、大殿屋根瓦総葺き替え工事を実施することになりました。
このたびの総葺き替えでは、瓦の素材に軽くて丈夫なチタンを用い、厚さ0・3 ミリに加工して瓦を葺くことにより屋根の圧倒的な軽量化を実現し、さらに耐震補強を施すことによって災害に耐え得る安全な本堂を目指します。大殿屋根の施工面積は4235平方メートル、チタン瓦の枚数にして約6万枚にのぼります。この数はチタン製屋根瓦の葺き替え例として世界最大規模となります。改修工事は2020年10月に着工し、本年10月末に完工する予定です。
チタン瓦
粘土瓦をチタン瓦に置き換えることで、従来の約10分の1に軽量化を図ることができ、耐震性の向上に貢献します。
― 粘土瓦ではなく、チタン瓦を採用された理由をお聞かせください。
友田:
屋根瓦は落下することが最も懸念されるところですが、0・3ミリという薄さのチタン瓦であれば、万一風で吹き飛ばされるようなことがあっても、人に大きな被害が及ぶことはありません。またチタン瓦に葺き替えることで、従来の粘土瓦から総重量を約10分の1に軽量化できるだけでなく、屋根を下から見上げたとき、それがチタンだとは誰も気づかないでしょう。
銅板(どうばん)に緑青(ろくしょう)が付いた瓦も趣があって良いのですが、もともと大殿の屋根は瓦葺きなので、粘土瓦と同じような色と風合いを再現できるチタン瓦を採用しました。軽量化により耐震性が高まるとともに、耐久性と意匠性の両立によって瓦の美しさをそのままに長寿命化が図られ、格調高い屋根瓦の意匠を、未来に引き継ぐことができます。
― コスト面でのメリットはありましたか。
友田:
一般的に文化財の改修などには建物全体を鉄骨で囲う素屋根が必要ですが、それをつくるだけでもビル1棟を建てるくらいの費用がかかります。しかし今回は素屋根の設置が不要な最新技術を用いているため、トータルコストを抑えることができました。
― インターネットによるクラウドファンディングも活用されたそうですね。
友田:
新しく葺き替える屋根瓦一枚一枚の裏に、ご支援をいただいた方のお名前と祈りを記した志納シートを付し、末永く大殿に瓦を奉納させていただきます。「あなたの祈りを瓦にのせて」を合言葉に、一人でも多くの皆様に増上寺のファンになっていただき、これから先も皆様の思いとともに歴史を重ねていきたいという願いを込めています。
― 未来に寄せる思いをお聞かせください。
友田:
受け継がれてきた伝統を次の世代につないでいくことが私どもの務めです。今後も宗派を問わず、増上寺が皆様の心の拠り所であってほしいと願っています。