10年前、独立後間もない初めての仕事がたまたま鉄道駅だった。四国の小さく古びた駅をリノベーションしたいという機会に恵まれた。予算は少なかったが、「お前に任すきね」という不思議な自由があった。事前に鉄道会社が調べた乗客アンケート調査で第一位「汚いトイレを何とかしろ」だった。本当に乗客や住民が一番欲しいニーズは、単にキレイなトイレなのか?鉄道利用者の減少、過剰な車社会、少子高齢化、過疎化、産業や商業の空洞化などの深刻な地域の問題に対して、この駅のリノベーションはどう向き合えるんだ?私たちは、地元特産のヒノキという材料を使って、地域の学生たちに喜んでもらえるように駅を自習室にした。また、その待合室に居ると、美人に見える仕掛けを設計した。田舎の小さな駅にこそ色気をもたらすこと。人口が少ないからこそ、贅沢な空間をつくろう。さすれば、都市に流出した若者は田舎の豊かさをきっと将来思い出すだろう。そんな駅をつくった。もちろんトイレもヒノキで改修した。結果、この駅ではたくさんのイベントが生まれ、ゴミが減り、マナーの悪い無法者は消えた。国内外で数え切れないほどの賞を頂いた。
それがご縁で以後、鉄道駅を中心とした広場や公園、まちづくり、公共施設、保育園・幼稚園、医療施設、障害者支援施設、旅館、集合住宅などの他、鉄道車両、バス、船舶などをグラフィックからトータルに手掛けている。というと格好良さそうに聞こえてしまうが、実際は日々現場に張り付いて、無責任な発言や 大きいだけの声を掻き分けて、アンケートや多数決の声を疑い、声なき声の奥にある、見えないニーズを探り当てる作業を続けている。建築や街に寄せられるたくさんの声に寄り添い、ニーズや課題を整理し、見える化し、課題解決に向けた優先順位と知恵を共有することも私たちの大切な仕事だ。
人々が本当に欲しいニーズを根拠に、私たちは合理的なカタチや色を導き出す。そこに、私たちが自己主張を介入できる余地はなく、ニーズから空間に翻訳する作業と言って良い。デザイナーや建築家は表現者ではなく、司会者であり翻訳者だ。そのうえで、誰に向けて、どんな感動を提供するのか?時間の許す限りキメ細かい仕事をしたい。可能な限り未来に続く、より多くの人たちに愛される空間を提供したい。
